Arcadia Blues Discussion #2

DON vs Kuroda & DJ Shun


 "Magic Mountain"をリリースして、その後何となく同じメンバーで"DON's Magic Mountain Band"名義でライブを半年ほど重ねてきてバンドの息も合ってきたので、例によって無計画にレコーディングをやってみることにした。レコーディングするとは言っても、ボクの頭の中には曲の断片的なスケッチしか無かったのだけれど、今回は断片の集積から何か面白い音楽を作ってみようと考えたのである。まずイメージのキーワードとなる言葉をノートに書き出し(「ダムの決壊」とか「Out of order」とか「コロンボ」とか)、それを元に辻褄の合うフレーズなりリズムなりを意識の底から、または最近耳にした音楽で引っ掛かっているものの再構築して引っ張り出し、スタジオではバンドに繰り返し同じフレーズを様々なニュアンスで演奏してみる。(途中でコロッケとメンチカツとパンとワインを食す)録音したものをウチに持ち帰り、1週間ほど寝かせた後に聴き返し、その繰り返しの中からどんな音楽が浮かび上がってくるのかを、老練な農夫が天気を読むように注意深く聴き取る。これが二番目の作業。スケッチはラフなデッサンに近いものになっているが、下絵として完成しないままに彩色に入る。イメージが喚起させられるままに音を付け加えていき、歌を入れてみると、ようやく曲が姿を見せることになる。次に作詞。詞を書く作業は音楽を作っていく作業より具体的なだけに苦痛でもある。今の自分というものから逃げずに正面から見据えなければならない。書くものがないという訳ではない。(毎日生きていれば、自ずとそこに溜まってくるものは存在する)しかし常にハッピーだったり気持ちが上がってくるようなものばかりではなく、むしろ見たくないものの方が多い。なので、そこから逃げ出すことのないように覚悟して挑む。(書き終えた時にはスッカラカンになったような気分になる)歌入れをして、mix downで画面に表示されないほどたくさんダビングされたトラックを刈り込み、更に加えしたりして完成させる。大体いつも通りではある。

 今回は当初からHip Hopに寄ろうと考えていた訳ではなかったけれど、実験を重ねるウチにHip Hop的な音楽でしか纏まらないようになってしまったのである。テープの(というかデータの)速度を早めたり遅くしたり、ヘヴィなドラムの音を求める為に3つも4つも重ねたりしていると、何故だか中期ビートルズと同じようなサウンド作りをしているような気分に陥った。昔はロック、今ならHip Hopか。

 もちろんボクはロックミュージシャンであり、「これからはHip Hopだぜ!」と息巻くほどの覚悟も確信もない。きっと死ぬまでロックをやる人間であろうと思う。それでもアーティストとして新しい音楽に興味を持ち、少しでも自分の間口を広げていきたいという思いも強い。それをボクはビートルズやローリング・ストーンズの姿勢から学んだのだ。彼らと同じ意思を持つ(ロック)ミュージシャンの端くれとして、違う時代に生きているボクはどのような音楽を作っていけるのだろうか。

 ともあれ、完成したこのアルバムを本職としてHip Hopをやるミュージシャンにぶつけてみたいと思った。そのディスカッションである。相手は、クロちゃんことSeiichi Kurodaは今やあれもこれもと引っ張りだこで睡眠時間が取れているのかというトラックメーカーで、自身のグループ"Genious PJ's"をメインに、ボクのソロバンドでもギターを弾いてもらっている。更にクロちゃんの紹介で、2/1のリリースパーティライブで"Arcadia Blues Crew"としてボクのセットでターンテーブルをやってくれることになったクリエーターのDJ Shunの二人である。








『知っておくべきだった/I Should Have Known Better』

DON(以下d):おれが音楽をやり始めた時は、音楽をやろうと思えばロックバンドだという意識しか持てなかったから、若い世代のキミらがどのようにしてHip Hopを自分の音楽表現の手段にしようという経緯になったのか興味深いのだけど・・・・。

DJ Shun(以下s):元々自分はパンクスでバンドマンだったんすよ。 ハードコアのバンドでギター弾いていて。で、ある時ツルんでいた先輩から「お前ちょっとターンテーブルっつーのやってみない?」と言われて、「やってみっかー」くらいの軽いノリから始めて。その頃聴いていたのはニューヨークのハードコアパンクなんかとRage Against The MachineとかHouse of Painとか、割とHip Hopに近い音楽もあったんで余り抵抗もなく。Air Jamとかでも、パンクとHip Hopは近い感じしてたし。それでスクラッチを楽器感覚でやり始めたらハマっちゃって、始めて何ヶ月かでもうギター弾かなくなっちゃって、トラックも作るようになったし、どんどんHip Hopにのめり込んで行ったという感じすね。自分に合ってたということなんでしょうね。

Seiichi Kuroda(以下k):俺も最初はギターでパンクスでした。Hip Hopと言えばオリコンのチャートに入る"Da Yo Ne"とかしか知らないし、ハッキリ言ってあまり良い印象じゃなかったんですけど、高校卒業して専門行ってた時にRaggae、Dub、テクノとかの色々なジャンルの音楽を聴かせてもらったりとか、たまたまバンドのイヴェントでラッパーと共演することがあったりして、「あ、なんかHip Hopかっこいいかも」って気分になったんですよね。それで専門のHip Hop好きの友達にスゲェ数のレコードを借りてオールドスクールの奴なんか聴いていく内に目覚めた感じですね。「あー、こんなんで音楽作っていいんだ」なんて思って。その頃ですよ、ズボンズが"BombThe Bomb"出して「うわ〜、カッケー、メチャHip Hopじゃん」ってなったのも。18くらいの頃かな。ドンさんいるから言う訳じゃないんですけど。(笑)

d:では二人とも音楽やるスタートからHip Hopでじゃなくて、ハードコアパンクから移行していったんだな。そういう転換は結構あるけど、Hip Hopとハードコアのどこにリンクがあるのだろうね。

k:当時はRage Against The MachineとかLimp Bizkitなんか流行ってたし、アメリカのバンドでハードコアとHip Hopがクロスオーヴァーするのがかっこ良かったし。

s:あと、「レベルミュージック」としての共通点があったんじゃないかな。だから抵抗無く、というかむしろ進んで好きになれたというところがある。

d:なるほど。確かに年代的にHip Hopの門戸の開き方がおれの時代とは大きく違っていたかもね。

k:逆にドンさんはどうしてHip Hopに興味持ち始めたんですか?

d:おれが音楽やり始めた頃はRapと言ってもMCハマーとか、とてもロックと相容れるものが見つけられないような頃だったからさ。でもBeckの"Loser”はとびきりカッコ良かったし、LL Cool JとかPublic Enermyとかオールドスクール物を聴いて、そのシンプルででっかいドラムのリズムに惹かれる部分があった。Hip Hopってなんだか分からないなぁ、と思っていたのが、ようやく自分の好きなBlues、R&B、Gospel、Funkとの繋がりが見つかったという感じでね。そうすると、ローリング・ストーンズとHIp Hopもグッと近くなったというね。(笑)だから、おれは黒人音楽の進化発展の延長線上のものとしてHip Hopを捉えているんだね。おれはパンクスでもなければヤンキーでもなくてロックミュージシャンだから、あくまでリズムとか黒人のフィーリングが好きという、土台の部分から入ったんだな。そう考えると、キミらとはHip Hop観が結構違うかも知れないなぁ。

s:確かに。自分の感覚からすると、ブラックミュージックはHip Hop作る時の元ネタというか、そこからFunkとかSoulとか知ったという感じすね。

d:ハードコアからHip Hopへというラインと、Funk/SoulからHip Hopへというラインは入ってきたドアが違うけれど、今ここHip Hopの館で出会う訳だね。



『何やってるの?/What You're Doing』

d:それで二人は主にHip Hopのクラブで活動しているのだけど、そういう場所やイヴェントはロックやるライブハウスなんかとは違うでしょう?今の日本のアンダーグラウンドのHip Hopシーンがどうなっているのかなんて、おれには知る事が無いのだけれど、どんなものなのだろう?

s:もちろん、かっこいい奴はかっこいいし、駄目なのも沢山いてそれはずっとそうなんだけど、駄目なのは機材だけが良くなって中身が伴わないというか。まぁ、機材あればそれなりの雰囲気のものは作れるんですよね。でもその質の差がどんどん開いていってるように感じます。俺の感じ方では、いい加減そろそろ本当に良い音楽というものが求められてくるんじゃないかな。パーティで大騒ぎするのも楽しいけど、それだけだとかえって虚しくなっちゃうというか。だからパーティであっても、ミュージシャンが何かお客さんに残るようなものをプレイすることが必要なんだと思う。

k:あと、そういうクラブやパーティなんかは案外排他的で、Hip Hopは自由な音楽のハズだったのに、逆にやる人間も来るお客さんもHip Hop以外の音楽を差別して聞く耳も持たない感じというのがありますね。自分的には色々な興味があるし、元ネタを探す上でも色んな音楽を聴きたいと思うんだけど、クラブに集まるコなんかにはロックとかSoulとか聴かせてもスゲェ反応悪かったりするんですよね。昔Hip Hopはサンプリングするネタありきだったじゃないですか。だからこそ、いかにヤバくて誰も知らないような良質な音源を色々なジャンルから探してきたし、そういうのを知るためにセンスも必要だし勉強もしなきゃならなかったからレコード何百枚も聴いたりするんだけど、最近のコはそうでもないのかな、と。今は録音ソフトにあらかじめプリセットされているループとか使って、簡単に作れちゃうんですよね。レコードから必死に2、3秒のサンプリングネタとか探さなくても。

d:なんだかそれでは自分のカラーみたいなものが出ないように思えるけどね。何を表現しようとして作っているのか・・・。

s:ただ単純に「作ってウレシー!」とか思っているのかも。まぁでもプリセットのループやらネタやらも使い方かなとは思うんすけどね。

d:ただし、プリセットものを使って良いものを作るだけのセンスとヴィジョンが必要になる。その時に自分の中にどれだけ音楽や作る動機が蓄積されているかによって出来てくる音楽はかなり違うだろうね。

s:そうそう。でも昔に比べるとカッコ良いループや色んなリズムが増えたし、作るのも簡単になってきたのは悪いことじゃなくて、それを使ってこれからどんな面白いものが出て来るのかなという期待もある。

d:そうね。今のアメリカのアンダーグラウンドの若い世代のHip Hopなんかまさにそうだね。「今の若い感覚」という切り口で面白いアーティストがたくさんいる。



『あの感覚/I've Got A Feeling』

d:今の若手のHipHop聴いてておれが思うのは、もうロックは60年という歴史を経て、アートとしてはひとつの様式の中に収まりつつあるのかも知れないということ。始まった頃は「それまでの教育を受けてきたミュージシャンではない、素人の持つエネルギー」みたいなものが強い魅力を持っていたのだろうけれど、今現在どちらかと言えばロックやってる人間は「剥き出しのエネルギー」を持っているというよりも、結構教養の高い人間の方が多いし、最早新しいスペースを見つけられないほどの良い「ロック音楽」が出尽くしているから逆に頭が良かったり技術に優れた人間でないと面白い音楽が作れないような状況にあるのではないかな。バカな人間がやる音楽ではなくて、バカを装ってはいるけどインテリジェンスの高い人間がやるというか。それに引き換え、Hip Hopはむしろ教養もへったくれも無い、ただ不平不満を発散するしかないような人間が恐ろしくカッコ良い曲を作ってたりするんだよね。だからそっちの方が剥き出しなだけにエネルギーも高いという気がする。だから、おれもアメリカでやる時もロックバンドに脅威を感じることはほとんど無いけどHip Hopの連中と一緒になったら、こりゃあ相当覚悟してやらないと、と思うものね。

s:あとHip Hopのクラブなんかに来るお客さんはライブハウスとはかなり違うかなぁ。クラブのお客さんは音楽なんか聴きに来てないんすよ。(笑)女の子ナンパしようとか、ちょっと大騒ぎしてやろうとかで、音楽は二の次。

d:あー、そういうのこそ昔はロックミュージックが担っていた部分だよねぇ。そもそもそういうものだもんね、ポピュラー音楽というのは。

s:でも俺はクラブに来る客なんてそんなで良いじゃないかと。だからこそそんな客を前に良い音楽をやって、教え込むというのがミュージシャンかなと思う。

d:その意味でもロックは、より良いものを・オリジナルなものをと追求しようとすると、どうしてもストイックで求道的になってしまわざるを得ないのだけど、ロック音楽として根本的に必要な猥雑さとか野蛮さが無くなってしまうから、そこをバランス取らないとイカンよね。お坊さんみたいになってしまってはロックじゃないもんなぁ。でもその意味でもまだまだ開拓の余地のあるHipHopのフィールドというのは、とても魅力があるように思う。新しいものがどんどん生まれている場所というのは、ワクワクするエネルギーで満ちているからさ。まだおれも作るぞー、という気にさせられるものね。



『一緒に来い/Come Together』

d:そこで、二人が"Arcadia Blues"をどう聴いたか、というとこを聞きたいのだけれど。

s:俺は全然ドンさんのこととか前情報無しに聴いたんすけど、一聴したとこから「お、これはHip Hopだ」つー感じで。なんか聞いてイメージしてたズボンズとかと全然違くてビックリしましたね。すごい好きですよ。

d:わー、ありがとう。

s:面白かったというか、普段自分のやってたり聴いたりしているHip Hopとは別のイメージなんだけど、間違いなくHip Hopで。Hip Hopでこんなギターの鳴らし方するのって聴いた事なかったし。あんまギターってHip Hopに無いんですよね。

d:あー、確かに言われてみるとそうだね。ギターはHip Hopで使われることは少ないかも。おれは考えもしなかったな。

k:自分は実際に演奏に参加もしているから、レコーディングしている時から「これはドンさん、いつものロックとは違うことをやろうとしているな」という感じはあったんだけど、ドンさんとこで完成間近のトラックを聴かされたら「わ、メッチャHip Hopになってる!」という感じでしたね。

d:これを今度のライブではPCとターンテーブルとシンセだけでやろうと思ってるから、二人のプレイにも大いに期待してます。おれも完全なHip Hopセットでライブやるのは始めてだから、どんなものになるかチャレンジだね。がんばろう。今日はどうもありがとう〜。



当日、ボクのソロはクロチャンがトラックを、DJ Shunがターンテーブル、エンジニア三木くんがシンセに、マッタイラがキーボードというHip Hopセットでのライブとなる。ボクはギターも少しは弾くかもしれないけれど、ほとんどブラブラとラップするだけになりそうである。まだ初めての体験があるというのは喜ぶべきなのだろう。あぁ神様、上手くいきますように・・・・・。

☆☆☆





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