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2005年12月30日

レコーディングに関するメモ@スターバックス。

 病気のせいですべての食べ物がパサパサに感じられて、とてもおいしくない。しっとりしたケーキすら、咽がおもいきり乾いている時に食べる乾パンのようである。一体何の症状なんだろう?ずっとこのママだと、嫌だなー。

 曲に関する限り、レコーディングの準備は整った。次は歌詞だな。今までのズボンズとも違うスケールの作品になる予感。オープン・エアーでオープン・マインドな。出入り自由で、しかしそこにずっといれるスペースがあるような。そして常に移動中である事が感じられるでしょう。移動中でフレッシュなエアーが、フレッシュで栄養のありそうなおいしいエアーが入ってくるのを感じよう、ボクらは。

 もうすでに開き始めてるのを感じてる人もいるでしょうけどね!

2005年12月14日

”D”からの返事。

 Danにたくさんメールが届いたようで、彼は(当然)非常に驚いていた。いきなり知らない日本人から”誕生日オメデトウ!”とメールがくれば、ね。そして非常に嬉しがっていた。みんなありがとう。   
おそらくメールしたみんなにDanからの(いささか長い)メールの返事が来た事でしょう。ボクのとこには「誰も誕生日メールなんか送ってこないのに、日本のズボンズのファンからだけメールが来てる。クレイジーだ。」というチョー嬉しい(が、いささか悲しい?)メールが来てた。
 Danは本当の友人が1人もいないとよくボクにグチるのだけれど、12月9日の誕生日(John Lennonの命日でもある)の彼のクラブのイヴェントではバンドが彼のためにthe Beatlesの"Birthday"を歌ってくれたらしいし、トロント滞在中にボクが見た限りでは彼は道を歩いていて誰かに声をかけられない時なんてなかったれど。でもまぁ、47で独り身というシチュエーションが時に彼を無言で圧倒的な不安に陥らせるのは理解できる。(家もないし)また、折りを見てみなさんもメールしてあげて下さい。もしかしたら英語の勉強になるかもしれないし。しかし彼の英語は非常にレア(生)でDirtyな英語なので役に立つかはわからないけれど。

ps、BBSにも書き込んだのだけれど、ピロのウチに女の子の赤ちゃんが昨日産まれたよ。すでに眉の辺りがピロに似てて、ちょっと笑っちゃうんだけど。ともかく、オメデトウ!

2005年12月08日

”D”という男。

 Danを知ってから長い。ボクらが2回目の北米ツアーをした時だったから、かれこれ7年の付き合いになる。ボクらはトロントでかの有名な、ボクにとってはほとんど伝説の、トロントのEL'Mocamboでやる事になっており、彼はそこの(やはり有名な、場合によっては悪名高い)ブッキングマネージャーだったのだ。何故その時点でエルモでズボンズがやれたのか、その頃英語がサッパリ理解できてなかったボクには知る由もない。しかし、そのライブは、ツアー中でズバ抜けてもっとも熱いライブとなり、終演後Danはボクに抱きついてきて、"F**kin' Great!!"を連発し、しまいには"F**K!!F**K!!"とホメてるのか、ケナされてるのかわからなくなるくらいであった。Danはボクにテキーラの飲み方を伝授し(テーブルにパコンッと叩き付けるやるあの飲み方)、お店に飾ってあったKeith Richardsの写真をコッソリと渡してくれた。(あとで店の女の子に叱られていた)それ以来、Danは常にどんなバンドに対しても「オレが世界一好きなバンドは日本のズボンズ」と触れ回ってくれた。そのおかげで、ボクらも色々な人から「あー、キミら�Danがうるさく言ってたズボンズか」と言われるハメになってしまう位だった。その後もDanは良い話があると必ずズボンズに持ってきてくれたし、今でもそうだ。ボクはDanを「カナダの親父」と呼び、Danは「オレの息子」と言う。

 今年、ズボンズはカナダで大きな成功を収める事ができたが、それは(もちろん)Danの手腕による所が大きい。ボクは本当に感謝している。Danは我々にRock'n'Rollにとって必要な多くの事を教えてくれ、時にそれはいささかtoo muchになってしまう事もあるとはいえ、結局はものすごく良い経験だったと思える事ばかりだ。

 ある時、ツアーの終盤でボクはひどく疲れていた。疲労も溜まり、明らかに睡眠不足で、しかも車酔いしていた。ツアー中はそんな日が必ずくるものである。そのような日は、いくらコチラが頑張りたくても、力振り絞りたくても一滴も何も出てこない、そんなときだってあるのだ。そんな日にたまたま見にきてたお客さんには申し訳ないと思うけれど。その日はそんな日だった。そんなボクを知って、オレ達がステージで音を出し始めた瞬間からDanは猛烈に踊り始めた。「DON、オレの息子、オレの踊りを見てみろ!お前の音楽でこんなに踊れるんだぞ」と叫ばんばかりのダンスに、ボクはもうやるしかなかった。終わってみると、本当に最高のショウになっていた。Danは踊って、もう空と思われたボクのエネルギーのタンクから更に溢れんばかりのエネルギーを引き出してくれた。Danはいつもボクを助けてくれる。
 ステ−ジの前、Danは必ずこう言う。「お前達、ズボンズ。世界最強のロックバンド。お前らが出す音はどんなものでも全て最高。ガタガタ言わず、ステージで楽しんでこい!」
 日本にいる時もボクらは時々Danにそこにいてもらう事にしている。Danのあのセリフを思い出してチャージする必要が、ある時もあるのだ。

 実は訳あってDanは家をもたない。本人は「オレはジプシーだから問題ない」と言っている。そして、いつでもどんな時でもエネルギーが一杯だ。そして一緒にいる時はいつもズボンズにとって最善を尽くしてくれる。ボクは100%Danを信頼している。だからDanの前では絶対に最高のショウをやろう、と思う。ジプシーのDan。ボクの親父で、ボクらはファミリーだ。
DANsings.JPG
 今日、12月8日はDanの誕生日なんだ。ボクはDanに手紙を書こう。そうだ、みんなもDanに何か送ってくれないかな?メールでかまわないから。例えば、こんな一行でもかまわない。

"Happy Birthday,Dan from the ZOOBOMBS' fan in Japan"

もしみんながDanにメッセージを送ってくれるのなら、ボクはすごく嬉しい。すごく感謝します。彼のアドレスは、
rockscars@yahoo.ca
です。

「オレはRock Starじゃない。Rock Scar(傷跡)なんだ。いつでも身も心も傷だらけのボロボロだよ。でもな、DON、オレは負けないんだ。このDan Burke様は何度倒されても立ち上がるよ。なぁ、DON、オレの息子、世の中って酷い事ばかりだよ。でもそれに立ち向かっていかなきゃならないさ、オレやお前みたいな人間は、ね。」
 ボクらは闘う必要があるのかな?でもさ、ボクはDanがいてくれる事で心底本当に助かっているんだよ。それって本当に大事な事なんだ。

2005年12月06日

あぁ、そうだ!

 この度、ボクのソロアルバム「オレハシナイヨ。」発表にあたって期間限定web:オレハシナイヨ.comが開設されました。今回のレーベルOCTAVE/Ultra Vybeが作ってくれたのだ。日記はそちらで見て下さい。(それはほぼ毎日更新)

新しい動きって楽しいね。

オレハシナイヨ。home page;
http://www.ultra-vybe.co.jp/orehasinaiyo/

Ultra Vybe web site;
http://www.ultra-vybe.co.jp/index2.htm

日頃の小さな悩みにボクが答えるQ&Aコーナーもあるので、ドシドシ利用して下さい。
See You〜。

なんと……。

 ストーンズの来日公演が決定したらしい。何々……………東京2日に札幌、仙台、名古屋………………。
 彼等のキャリアに比べると物凄く短いとはいえ、オレの経験から言わせてもらうと…………このツアー、どうかな………。意図が分からんな。仙台で見るストーンズというのも、強く惹かれるものがるけれど。